福岡を拠点に料理教室を主宰する、旅する料理家・フードコーディネーター。
このエッセイでは、そんな私の日常と旅の記録を綴っています。
広告や雑誌の撮影現場、料理教室、旅先での食体験——
そのすべてが、私の礎となっています。
プロフィールは こちら、ご相談は お問い合わせ からどうぞ。
日々の料理や撮影風景、料理教室のご案内は Instagram で更新中です。
タイ・バンコクへの再訪|久しぶりの海外の空気
コロナ禍を経て、ようやく再び訪れたタイの空。
空港を出た瞬間、湿った風と、どこか甘い香りを含んだ空気が頬をかすめる。
街は少しだけ変わって見えたけれど、本質的には何も変わっていない気がした。
屋台の湯気、人々の笑い声、バイクのクラクション、そしてスパイスの香り。
そのすべてが、身体の深いところを、ふっと緩めてくれる。
マッサマンカレー 食の記憶がよみがえる旅|7年前のバンコクの思い出
私は、またここに戻ってきた。
7年前の旅の記憶をたぐり寄せながら、心の中ではある“食欲ミッション”が、静かに目を覚ましていた。
マッサマンカレーとは|世界一おいしい料理の正体 バンコク
マッサマンカレー。
アメリカの某有名メディアが「世界一おいしい料理」として紹介し、一躍その名が知られるようになった、タイ南部発祥のカレー。
でも、私にとってのマッサマンは、誰かが決めた“世界一”というより、自分の記憶に深く残っている“特別なひと皿”だった。
スパイスの香りと、ココナッツミルクのやさしい甘さ。
ほろほろの肉と、じゃがいも。
ひと口で、時間がゆっくり巻き戻るような、静かな余韻のある料理。
バンコクに到着して、真っ先に向かったのは「クルアアロイアロイ(Krua Aroy Aroy)」。
7年前にも訪れた、大好きな食堂だった。
マッサマンカレーが名物 バンコクのローカル食堂|クルアアロイアロイ
クルアアロイアロイは、タイの人々が日常的に利用する「カオラートゲーン(ぶっかけごはん)」スタイルの食堂。
店名は「おいしいおいしい台所」という意味。なんて正直で、愛らしい名前なんだろう。
ガラスケースの中には、炒め物、煮込み、いくつものカレーが並んでいて、その中にマッサマンカレーが控えめに佇んでいる。
誇らしげでもなく、目立とうともしない。でも、そこにあるだけで、自然と目が留まる。
英語はあまり通じないけれど、「マッサマン」と一言伝えれば、にこやかに応じてくれる。
必要な言葉は、案外少ない。
食べたい気持ちと、笑顔と、その場所に流れる空気があれば、もう十分だった。
クルアアロイアロイの味と空気|記憶に残る一皿
そして、運ばれてきた一皿。
ココナッツの香りをまとったルーは、黄金色にゆるやかに輝いている。
しっかり煮込まれた肉と、じゃがいもが、ごろっと。
スパイスの香りが、湯気と一緒に、そっと鼻先をくすぐってきた。
ひとくち目で、すっと力が抜けた。
甘さと香りがやさしく広がって、その奥にはいくつもの味の層が、静かに息づいている。
刺激はおだやかで、でも確かな芯があって。
この味の中に、あのときの空気や時間が、そっと染み込んでいる気がした。
食べながら、ふと考えていた。
この味、自分の手でつくれないだろうかと。
旅先の味を再現できない理由|スパイス以上の要素とは
帰国後、さっそく材料を集めて試してみた。
ココナッツミルク、シナモン、カルダモン、ナンプラー、タマリンドペースト‥‥‥
香りも、味の輪郭も、それなりに近づいたように思えた。
でも——やっぱり、あの味には届かない。
それはきっと、レシピや技術の問題じゃない。
あの空気。
湿気を帯びた熱、通りを行き交う人々、台所から立ちのぼるスパイスの香り。
そのすべてが、あのひと皿の中に、そっと溶けていたのだと思う。
料理の味は、材料だけではつくれない。
スーツケースには詰められない隠し味が、そこにある。
クルアアロイアロイ 店舗情報|アクセス・営業時間まとめ
🍛 クルアアロイアロイ(Krua Aroy Aroy)店舗情報
-
- 住所:3/1 Pan Rd, Yan Nawa, Bang Rak, Bangkok 10500, Thailand
- 営業時間:9:00〜18:00
- 定休日:水曜日
- アクセス:BTSスラサック駅またはチョンノンシー駅より徒歩約10分
※インド寺院「ワット・プラシーマハー・ウマーデウィー(ヒンドゥー寺院)」の向かい側 - 支払い方法:現金のみ
- Facebook: https://www.facebook.com/kruaaroyaroy/
📝 現地での注文ポイント
-
- 注文は「指さし+笑顔」でだいたい伝わる。英語が通じなくても、特に困ることはない。
- マッサマンカレーは人気なので、午後には売り切れてしまうことも。なるべく午前中に訪れたい。
- ご飯(カオ)は別注文で10バーツ前後。見た目以上に満足感がある。