旅する料理家|ひと皿の記憶──マッサマンカレーのやさしい余韻

2025年5月7日 | エッセイ, 旅と料理

福岡を拠点に料理教室を主宰する、旅する料理家・フードコーディネーター。

このエッセイでは、そんな私の日常と旅の記録を綴っています。
広告や雑誌の撮影現場、料理教室、旅先での食体験——

そのすべてが、私の礎となっています。

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バンコク旅行の思い出と市場の風景

タイ・バンコクへの再訪|久しぶりの海外の空気

コロナ禍を経て、ようやく再び訪れたタイの空。
空港を出た瞬間、湿った風と、どこか甘い香りを含んだ空気が頬をかすめる。
街は少しだけ変わって見えたけれど、本質的には何も変わっていない気がした。
屋台の湯気、人々の笑い声、バイクのクラクション、そしてスパイスの香り。
そのすべてが、身体の深いところを、ふっと緩めてくれる。

マッサマンカレー 食の記憶がよみがえる旅|7年前のバンコクの思い出

私は、またここに戻ってきた。
7年前の旅の記憶をたぐり寄せながら、心の中ではある“食欲ミッション”が、静かに目を覚ましていた。

マッサマンカレーとは|世界一おいしい料理の正体 バンコク

マッサマンカレー。
アメリカの某有名メディアが「世界一おいしい料理」として紹介し、一躍その名が知られるようになった、タイ南部発祥のカレー。

でも、私にとってのマッサマンは、誰かが決めた“世界一”というより、自分の記憶に深く残っている“特別なひと皿”だった。
スパイスの香りと、ココナッツミルクのやさしい甘さ。
ほろほろの肉と、じゃがいも。
ひと口で、時間がゆっくり巻き戻るような、静かな余韻のある料理。

 

バンコクに到着して、真っ先に向かったのは「クルアアロイアロイ(Krua Aroy Aroy)」。
7年前にも訪れた、大好きな食堂だった

バンコクのローカル食堂の外観

マッサマンカレーが名物 バンコクのローカル食堂|クルアアロイアロイ

クルアアロイアロイは、タイの人々が日常的に利用する「カオラートゲーン(ぶっかけごはん)」スタイルの食堂。
店名は「おいしいおいしい台所」という意味。なんて正直で、愛らしい名前なんだろう。

ガラスケースの中には、炒め物、煮込み、いくつものカレーが並んでいて、その中にマッサマンカレーが控えめに佇んでいる。
誇らしげでもなく、目立とうともしない。でも、そこにあるだけで、自然と目が留まる。

英語はあまり通じないけれど、「マッサマン」と一言伝えれば、にこやかに応じてくれる。
必要な言葉は、案外少ない。
食べたい気持ちと、笑顔と、その場所に流れる空気があれば、もう十分だった。

クルアアロイアロイの味と空気|記憶に残る一皿

そして、運ばれてきた一皿。
ココナッツの香りをまとったルーは、黄金色にゆるやかに輝いている。
しっかり煮込まれた肉と、じゃがいもが、ごろっと。
スパイスの香りが、湯気と一緒に、そっと鼻先をくすぐってきた。

ひとくち目で、すっと力が抜けた。
甘さと香りがやさしく広がって、その奥にはいくつもの味の層が、静かに息づいている。
刺激はおだやかで、でも確かな芯があって。
この味の中に、あのときの空気や時間が、そっと染み込んでいる気がした。

食べながら、ふと考えていた。
この味、自分の手でつくれないだろうかと。

バンコクで食べたマッサマンカレーの一皿

旅先の味を再現できない理由|スパイス以上の要素とは

帰国後、さっそく材料を集めて試してみた。
ココナッツミルク、シナモン、カルダモン、ナンプラー、タマリンドペースト‥‥‥
香りも、味の輪郭も、それなりに近づいたように思えた。

でも——やっぱり、あの味には届かない。

 

それはきっと、レシピや技術の問題じゃない。
あの空気。
湿気を帯びた熱、通りを行き交う人々、台所から立ちのぼるスパイスの香り。
そのすべてが、あのひと皿の中に、そっと溶けていたのだと思う。

料理の味は、材料だけではつくれない。
スーツケースには詰められない隠し味が、そこにある。

バンコクのマッサマンカレー屋の通りの風景

クルアアロイアロイ 店舗情報|アクセス・営業時間まとめ

🍛 クルアアロイアロイ(Krua Aroy Aroy)店舗情報

    • 住所:3/1 Pan Rd, Yan Nawa, Bang Rak, Bangkok 10500, Thailand
    • 営業時間:9:00〜18:00
    • 定休日:水曜日
    • アクセス:BTSスラサック駅またはチョンノンシー駅より徒歩約10分
       ※インド寺院「ワット・プラシーマハー・ウマーデウィー(ヒンドゥー寺院)」の向かい側
    • 支払い方法:現金のみ
    • Facebook: https://www.facebook.com/kruaaroyaroy/

 

📝 現地での注文ポイント

    • 注文は「指さし+笑顔」でだいたい伝わる。英語が通じなくても、特に困ることはない。
    • マッサマンカレーは人気なので、午後には売り切れてしまうことも。なるべく午前中に訪れたい。
    • ご飯(カオ)は別注文で10バーツ前後。見た目以上に満足感がある。